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ミニストーリー
マイタウン安城 (20)
せっかく隣同士になったんだから……
稲垣 優

 隣に、わが家と同じような家族が引っ越してきた。「犬のエサ忘れ事件」の斉藤さんとは反対側の家だ。引っ越しのあいさつでいただいた石けんには、吉田という名が書かれていた。吉田さんは三人家族。子供は男の子で、わが家の息子と同じぐらいの年だ。

 吉田さんの夫妻は共働きらしい。ご主人はゴルフがお好きなようで、日曜日も家にいる様子はない。

 ある日曜日、私たちは庭の草取りをしていた。ふと吉田さんの庭を見ると、男の子が木切れで何かを作っている。おとなしそうな子だ。私は声をかけた。

「何を作ってるんだい?」 私の声に驚いたのか、お隣の子は、すたすたと家の中に入ってしまった。それを見て妻が小声で言った。「お隣の坊や、まだ友達ができないみたい。かわいそうね」

 見知らぬ土地の見知らぬ学校で一人ぼっち。引っ越して一ヵ月が過ぎようしているのに、まだ友達ができないとは、かわいそうなことだ。私は同情しかけた。しかし、すぐに考えを改めた。同情すればいいというものではない。このまま放っておいたら気になってストレスがたまりそうだ。

 私は息子に「あの子と話ができるようになろう」と言った。息子が、どうしてそんなことをする? という目で見る。私は言った。「せっかく隣同士になったんだ。知らんぷりしているより、仲良しになったほうが、気持ちがいいじゃないか」

 すると息子は、晴れやかな顔で言った。

「それもそうだね」

copyright : Masaru Inagaki (『風車』48号掲載 1992.5.20執筆)

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