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ミニストーリー
マイタウン安城 (6)
ケンカはいや!
稲垣 優

 新米安城人である私たち一家の「市内探検」も今回で四度目。最後の方角である南へ車を走らせることにした。

 市役所前から南下。途中、赤松町という所で左折。息子が磁石を見て「南西に向いている」と言ったからだ。これで南向きになる。

 しばらくすると「米津大橋」に出た。聞き覚えがある。運転しながら地図を開く。なんと西尾市へ入ってしまった。そのとき妻が叫んだ。「危ない!」見ると大型ダンプのおしりがすぐ目の前だ。急ブレーキ。キキッとタイヤが音をたてる。なんとかぶつからずにすんだが、車内全員が引きつった表情になった。

 米津大橋を渡り、向きをかえて安城方面へ戻る。市内に入り、かわいい喫茶店を見付けて車を止めた。

 エンジンを切り、外へ出ると妻が言った。

「さっきは本当に危なかったわね。運転しながら地図なんか見てるからよ」

「そんなこと言うなら、見てくれればいいじゃないか」

「地図を見てくれなんて言われなかったわ」

「言わなくても分かるだろ」

 険悪な雰囲気だ。そのとき娘が言った。

「ケンカしちゃダメー」

 妻も私もハッとした。娘を見ると悲しそうな表情をしている。隣で息子も不機嫌な顔になる。父と母の関係は、子供にとって最も身近な人間関係の見本だ。父母の不仲で、寂しい思いをしている子の話もよく聞く。これはまずいと思った。妻を見ると同じ思いらしい。そこでサッと妻の肩を抱き「ケンカなんかしてないさ。父さんと母さんは、こーんなに仲良しなんだから」と言ってやった。とっさのことで、子供たちは面食らったようだったが、しばらくするとほほ笑みが見えた。それは次第に笑顔となり、いつしか笑い声まで聞こえてきた。私も妻も、子供たちの明るい表情につられて、大声で笑いだしてしまった。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』34号掲載 1991.3.14執筆)

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