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コラム
かすみ
稲垣 優

 両手で目をこすり、少し離れた山を見る。どうやら目のせいではないらしい。その山には、かすみがかかっている。

 無数の微細な水滴が空気中に浮かぶため、全体がうすぼんやりと見える現象、それが、かすみだ。名前は違うが、霧も同じもの。平安時代以降、春の「うすぼんやり」をかすみといい、秋の「うすぼんやり」を霧というらしい。かすみの方は、仙人が食うといわれるだけあって、のほほんとした墨絵の雰囲気がある。霧の方は「夜霧よ今夜もありがとう」という感じで大人の雰囲気。落葉を踏んで歩くといったイメージだ。

 久しぶりにかすみを見て、ささやかな感動を覚えていると、くしゃみが出た。春とはいえ、日によっては少々冷たい風が吹くこともある。上着の前を合わせて帰ろうとすると、またハクション。困ったものだ。

 そのとき妙なことに気が付いた。さっきのかすみをよくよく見ると、何だか粉っぽい。まさか、と思った。しかしあり得ることだ。今年は発生量が多いという噂もある。もし、あのかすみがそれなら、一刻も早く帰らなければならない。少し離れたあの山は、戦後、日本で大量に植樹されたという針葉樹・スギで覆われているはず。このくしゃみがそのせいなら、こんな所に長居は無用。

 ああ、春の野で豊かな気分になれたと思ったのに……。花粉症なんて大嫌いだ。ハ、ハクション――。

copyright : Masaru Inagaki ffユニオン9号(1991春号)掲載 (1991.3.18執筆)

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