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コラム
サンマ
稲垣 優

 江戸時代に「サンマが出ればアンマが引っ込む」という言葉があった。サンマが出回る晩秋は、夏の疲れも取れだし、食欲も増すころなので、栄養満点のサンマを食べればますます健康になり、按摩も医者もいらないということだろう。

 サンマにはビタミンDが多く、Aも少なくない。どちらも一般にとりにくいビタミンとされているので、その補給に役立つ。またビタミンB12は他の魚の3倍も含まれているというから、貧血に効果があるようだ。

 栄養価が高いだけでなく、サンマはうまい。脂の乗った焼きたてを大根おろしと合わせて食べる。それだけで、ご飯が何杯食べられることか。書いているだけでよだれが出てくる。

 このうまさは、昔からもてはやされたらしい。江戸時代、秋本番の10月中旬になると、現在の千葉県の近海、それも岸近くに、サンマが産卵のために近付く。このころ脂がよく乗ってうまくなっている。ここで捕ったサンマに塩をまぶして樽詰めにし、日本橋の魚河岸まで船で運ぶ。塩に漬けられて一晩たち、ちょうどよい塩加減になったころに、江戸の食卓へ上ったというわけだ。

 落語の「目黒のサンマ」は、そんな庶民の味を口にした殿様の面白おかしい話だが、現在の私たちにも、殿様の気持ちはよく分かる。すらりとした体、ほどよく焼けた皮、そしてよく締まって脂の乗った身。ああ、サンマが食べたくなってきた。

copyright : Masaru Inagaki ffユニオン8号(1990秋号)掲載 (1990.8.11執筆)

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