中学からの親友同士で、同じ会社に入ったエリとサト子。会社の食堂で一緒にお昼を食べているとき、エリはふと、昔、家で飼っていた犬のことを思い出し、話しだした。
「コロという名のコリーでね。長い毛をなでながらいつも『ずっと一緒にいてね』と言ってたのよ。でもコロは、私が小学校五年生のときに逝ってしまった。ドッグイヤーっていうの? 犬の一年は人の七年に相当するそうだから、仕方がないのね」
それから何日かたったころから、エリは誰かに見られている気がするようになった。会社からの帰り道や昼食時など、視線を感じる。
そんなある日、会社の食堂で男性から声を掛けられた。
「僕のこと、気づいているよね」
視線の主はこの男だったのか。エリは椅子の上で身構えた。
「僕はストーカーじゃない。ただ、君と一緒にいなければならない気がして仕方がない。それだけなんだ」
奇妙な話だった。男が続けた。
「最近、頭の中にコロという名前が出てくるし……」
それを聞いてエリの気持ちが一気に緩んだ。
男と親しくなるのに、それほど時間は掛からなかった。エリは男が、コロの生まれ変わりだと確信した。そうでなければコロの名を知っているはずがない。
しかし男は、コロのようにやさしくはなかった。だんだん粗暴になっていく。コロは強い犬だったけど、決して乱暴なことはしなかった。それを伝えると男が怒りだした。
「俺が犬の生まれ変わりだと本当に信じているのか。おめでたいヤツだな。お前が食堂で口にした話をちょっと利用しただけさ」
エリの目の前が真っ暗になった。こんな騙され方をするなんて……。でもよく考えれば、男と自分の年齢はほぼ同じだから、コロの生まれ変わりであるはずがない。その日のうちにエリは男に別れを告げた。
傷心のエリは、救いをサト子に求めた。サト子は、うつむいたエリの髪をなでながら、やさしく言った。
「またいい人が見つかるわ。それまで私がそばにいるから」
「ありがとう、サト子」
言いながらエリが顔を上げる。そのとき、サト子の右手の指にはめられたリングが目に入った。赤い、シンプルな指輪。いつも付けているものだが、妙に気になり見つめたとき、エリは、ハッとした。
「よ、よく見せて」
リングに顔を寄せる。遠目では分からなかったが、表面に布地のような模様がついていた。周囲には、かすかに黒い縁取りも見える。
「コロの首輪と全く同じ……」
エリがサト子に顔を向けて言う。
「でもおかしいわ。あなたと私は同い年。コロが死んでしまったのは私が小学生のとき……」
するとサト子が静かに話しだした。
「ドッグイヤーよ。生まれたころは月日が早く過ぎたけど、中学生になってあなたと出会ってからは、あなたと同じくらいのスピードで年をとるようになったみたい」
そしてサト子は改めてエリを見て、肩を抱きながらそっと言った。
「ずっと一緒よ。約束したもんね」
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