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ショートショット!
私が一番知っている
井上 優

「そんなはずないわ!」

 美佐子が大声を出した。

「いけない、これってないしょの話なのよね」

 陽子がちょろっと舌を出した。美佐子の鋭い目が、陽子に突き刺さる。結婚披露宴というおめでたい席とは思えない厳しい表情だ。

「美佐子ったら、よしなさいよ。みっともないわよ」

 隣で里美がたしなめる。美佐子には、そんな声は全く耳に入らない。俊一さんに限ってそんなことはない――ただ、そうつぶやくだけだった。

 学生時代の友人の披露宴で、あんなことを口にするなんて、ちょっと軽率だわと、里美に注意された陽子だが、実はそんなことは百も承知だ。つい口を滑らせて俊一の「恋人」のウワサを言ったように振る舞ったが、本当は「口を滑らせた」のではない。美佐子に言う気で言ったのだ。それも披露宴会場という、うってつけの場所で。何たって美佐子は、一日も早く俊一と結婚したくて仕方がないのだから。

 美佐子と陽子と里美、そして今日結婚した真理恵は、学生時代からの仲良し。しかしここに男性の影が入ったときから「女の友情」にヒビが入りだした。今日の新婦・真理恵の場合はよかった。彼ができた真理恵は、たしかに付き合いが悪くなったが、それだけだった。問題は、美佐子だ。美佐子の意中の人・俊一は、この四人組の同級生。陽子も熱を上げているというウワサの人物なのだ。

 そして今日の披露宴だ。どうやら陽子は、美佐子に宣戦布告したらしい。俊一に別の恋人がいるなんてウワサを美佐子にぶつけたのだから。

「陽子、その話、詳しく聞かせてよ。俊一さんに限って私を裏切るはずないんだから」

「あらそう。美佐子がそう思ってるんだったら、それでいいけど、俊一さんが自分だけのもののような言い方をしないでほしいわ」

「なあに、その言い方。険があるわね」

 険悪なムードに嫌気がさした里美が、仲裁に入る。

「いい加減にしてよ。今日は真理恵の結婚式なのよ」

 里美は大きなため息をついた。本当にいい加減にしてほしい。みんな自分のことしか考えていないんだから。里美は、この問題が起きだした数カ月前を思い出し、遠くを見る目をした。

 はじめに相談を持ちかけたのは、陽子だった。陽子は里美に探偵まがいの行為を強要した。

「里美、友達でしょ。だったら協力してよ。俊一さんと美佐子が付き合っているかどうか、それだけが知りたいの」

 里美は嫌だった。しかし陽子は執拗だった。しかたなく里美は、俊一を尾行したり、それとなく話しかけて美佐子との関係を知ろうとしたりした。もちろんなんの関係もない。しかし陽子は納得しなかった。

 相談者は陽子だけではなかった。美佐子まで、陽子と同じようなことを言い出したのだ。里美はとうとう二重探偵になってしまった。そして、二人に同じことを「報告」した。その内容には、俊一が食べた昼食や、デパートで買ったパジャマの柄まであった。陽子と美佐子は、そんな詳しい内容に満足していた。どちらも、自分だけが俊一の食べ物の好みを知り、パジャマの柄まで知っていると思っていたのだ。

 陽子も美佐子も、里美に探偵をさせているのは自分だけだと思っている。自分だけが俊一のことを誰よりよく知っていると自負していた。だからこそ陽子は美佐子にイヤミを言いたくなるのだろうし、美佐子はそれに敢然と立ち向かうのだろう。

 そんな二人を見ながら、里美はまた大きなため息をつくのだった。「なんでこうなんだろう。自分たちは俊一さんに何もしていないくせに、彼を自分のもののように言うなんて」

 披露宴が終わり、それぞれが帰宅する。里美も学生時代から住んでいるアパートへ戻る。

 ドアを開けると「お帰り」とさわやかな声が迎えてくれた。とたんに里美の表情が明るくなる。しばらくすると、優しい目をした男性が現れた。里美はこの男性のことならなんでも知っている。食べ物の好みも、パジャマの柄の好みも……。優しい目に答えて里美が言う。

「俊一さん、引き出物のケーキ食べる?」

copyright : Yuu Inoue(Masaru Inagaki) ffユニオン24号(1994.11月号)掲載

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