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ミニストーリー
マイタウン安城 (18)
浅く広くがいい
稲垣 優

 わが家の料理教室に参加した斉藤さんと横山さん。初回は緊張気味だったが、二回目からは、いとこに冗談を言うまでになった。

 野菜を刻みながら世間話が出る。話を聞くうちに、横山さんが趣味の人だと分かった。これまでにも、カメラ、四輪駆動車、キャンプ、マウンテンバイク、といろいろなものに挑戦してきたとか。そんな横山さんが、今も続けているのが音楽。学生時代に買ったギターを持ち出して、バンドを組んだという。

「バンドといっても、月に一回集まって練習する程度のものなんです。でも年に一度は、小さなホールでコンサートをやるんですよ。お客は知人とその友人。ちょっとしたパーティーですね。僕らはそこで、BGM代わりに生演奏しているようなもんです」

 これには驚いた。目に涙を浮かべてタマネギを刻んでいる横山さんの意外な面を知り、びっくりした。

 タマネギを刻み終えた横山さんは、手の甲で涙をふきながら「近々そのパーティーがあるんです。よかったら来てください」と言った。そして「趣味って、浅く広くの方がいいと思うんです。その中で本当に好きになれるものが見つかればラッキーですよ。それさえ分かれば、一生付き合えますもんね」と言った。

 なるほど、そうかもしれない。私たちの周りには、物がありすぎ、情報が多すぎる。自分の好みすら分からなくなっているのかもしれない。

 大根を下ろしながら、私は、料理も続けながら横山さんの仲間にも入ってみようかと考えていた。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』46号掲載 1992.3.19執筆)

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