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ミニストーリー
マイタウン安城 (4)
おじちゃんをしかった娘
稲垣 優

 今回の「安城市内」探検は東方面だ。出発点は、もちろん市役所前。迷っても確実に戻ることのできる場所だ。

 市役所前を南下。すぐ先の信号を左曲する。東を向いて道なりに行く。しばらくすると橋に出た。美矢井橋という名らしい。渡ると岡崎市だった。向きを変え、橋へ戻る。渡り、安城へ戻って左折。川の堤防で車を止めた。

 この日は暖かかった。風はなく、太陽は笑顔。子供たちは堤防を走りだした。私と妻もゆっくり後を追う。

 二百メートルほど先に、男性らしい人物が見えた。息子は、その人の手前で立ち止まる。今年小学校へ入る娘も、兄にならった。私たちは少し足早になる。娘が男性に近付いた。何か言っている。娘が地面をさす。男性が頭をかきながら何かを拾った。

 私たちが近くまで行ったとき、男性は堤防から河川敷へと下りていった。私は娘に、何が起きたのかと聞いた。

「あのおじちゃん、たばこを道に捨てたの。わたし、しかってあげたの」

 妻と二人で、あんぐりと口を開けた。驚いたのだ。そして驚きは感動へ変わった。

 くだんの男性が吸い殻を拾ったのは「幼い子にしかられた」からかもしれない。しかし娘は、それを予想して声をかけたのではないだろう。娘はただ、吸い殻を捨てたおじちゃんとコミュニケーションをとろうとしただけなのだ。見て見ぬふりをするのではなく、他人とのコミュニケーションを大切にする。もしかしたら私たち大人が忘れかけていたことかもしれない。

 矢作川の静かな流れを見ながら、わが娘を誇りに思ったのだった。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』32号掲載 1991.1.11執筆)

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